JICAに聞く、いま求められるODAとは?

民主化が進むミャンマーで展開される日本ODAの今

2014.03.28 Fri連載バックナンバー

 民主化が進み、今後大きな経済発展が期待できるミャンマーが日本企業はもちろん、世界中から熱い視線を浴びている。今回は長年ODA(政府開発援助)で支援を続ける独立行政法人国際協力機構(JICA)で、ミャンマーにおいてIT関連のプロジェクトを手掛けた3名の方に集まっていただき、ODAの新たな役割や、そこで果たすJICAのミッションなども含め、ミャンマーの「いま」について伺った。

 

日本のODA“第1号”ミャンマー

「我々が関わっているミャンマー向けの『無償資金協力』だけを見ても、2011年度以前の軍事政権下では協力を同国民の生活に最低限必要な内容(ベーシック・ヒューマン・ニーズ)に限定し、年間20~30億円だったものが、民主化への方針転換後の2012年度は250億円以上にまで伸びています。ODA予算が横ばいの中、ミャンマーだけがこれだけ増えているというのは、日本政府が格別な扱いをしている1つの証だと思います」

 民主化が進むミャンマー連邦共和国に経済発展をもたらすODAの現状をこう語るのは、JICAで運輸交通や情報通信分野のプロジェクトを手掛ける三宅繁輝氏だ。

 欧米の先進国が援助を見合わせる中、日本はミャンマーの軍政時代も政府援助を続けてきた。一方、民間ベースでも日本企業は細々ながらパイプをつないできたという。その結果、日本に親近感を持ち、有益な援助を期待するミャンマーの人々は多い。

 実はODAを巡っては日本とミャンマーには浅からぬ因縁がある。ODA(Official Development Assistance)とは、開発途上国の社会や経済の発展を助けるために、他国の政府が資金や技術の援助を行なうことを言うが、日本も戦後すぐの1953年に世界銀行の融資を受け、新幹線や東名高速道路などのインフラ整備に当て、その恩恵に浴している。

 一方、その翌年の54年には戦後賠償を兼ねたODAを初めて援助する立場で実施した。その第1号が当時は「ビルマ」と呼ばれていた現在のミャンマーなのである。この援助で完成したのが、当時ビルマで最大の発電所となった「バルーチャン発電所」だ。60年たったいまも現役で活躍するこの発電所は、日本とミャンマーの友好の証ともいえる象徴的な存在となっている。

 その後日本は経済発展とともにODAの出資額も大幅に増え、1989年にはアメリカを抜いて世界第1位の援助国となり、90年代はその地位をずっと保った。しかし、21世紀に入るとその額は徐々に減り始め、最新のデータとなる2012年のODA総額は8,300億円強で、援助国としてはアメリカ、イギリス、ドイツ、フランスに次いで第5位の数字となっている。

 
 ODAといえば開発途上国を助けるという意味合いが強いが、援助する日本側にとっても大きなメリットがあると三宅氏は語る。

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大平 裕之

大平 裕之

リクルートとアスキーでビジネス関連の雑誌や単行本制作に携わり、多くの企業トップ・インタビューや著名人への取材執筆を行う。
フリー転向後は、記事執筆に加え、NHK「週刊こどもニュース」などのニュースショーをはじめ、テレビのクイズやドキュメンタリー番組の企画・構成にも携わる。

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