2017.07.26 Wed

洋食文化とともに歩んだ「カゴメトマトケチャップ」

カゴメトマトケチャップ

 約190億円といわれるトマトケチャップの国内市場。その中で、カゴメは約6割のシェアを占めています(出典:インテージSRI/期間:2016年1月・12月/金額ベース)。カゴメの創業者である蟹江一太郎が、国産初のトマトケチャップを発売したのは1908(明治41)年。誕生から100年以上が経ちますが、ここ10年をみてもいまだに売り上げを伸ばし続けているといいます。

 人口減少、少子高齢化によって食品市場が大きく揺れ動く中で、「カゴメトマトケチャップ」が成長し続ける秘密はどのようなところにあるのでしょうか。その歴史を振り返りながら、ロングセラーの秘密に迫ります。

 

売れなかったトマト、発想を転換して加工品に

 「カゴメトマトケチャップ」の歴史は、蟹江一太郎とトマトの出会いから始まります。

 一太郎は、1875(明治8)年に愛知県知多郡(現・東海市)で生まれました。そして、18歳の時、隣村で農業を営む蟹江家に婿入りします。その後に起きた日清戦争では、徴兵され1年半の兵役に就きます。

 軍隊時代に上官から受けたアドバイスをきっかけに、一太郎は、1899(明治32)年から、トマトやキャベツ、レタス、パセリなど、日本であまり知られてなかった西洋野菜の栽培に着手します。

 一太郎の作る西洋野菜は、市場や八百屋、西洋料理店で徐々に売れ始めますが、トマトの売れ行きだけは伸びませんでした。というのも、当時のトマトは非常に青臭かったため、受け入れられなかったのです。

 どうすれば青臭いトマトは売れるようになるのか。一太郎は思案を巡らします。そんな時、知人から、アメリカではトマトを加工してソースを作っているという話を聞きます。一太郎は、当時名古屋で唯一の洋式ホテルを訪ね、レストランで出していたトマトソースを自宅へと持ち帰り、それを見本に試作を繰り返します。

 1903(明治36)年に、家族と近所の親類とで、自宅の納屋を工場にしつらえてトマトソース(塩も砂糖も香辛料も加えていなかったため、厳密には現在でいうところのトマトピューレ)の製造を開始。業務用品として軌道に乗ります。

 次に一太郎が目を着けたのが、海外で既に普及していたトマトケチャップです。一太郎は、舶来品の真似ではない、日本人の嗜好に合った味を目指して、製造に乗り出します。香辛料の使い方に苦心しましたが、独自の配合を見出し、1908(明治41)年にトマトケチャップを完成させます。

 しかし、製品の売れ行きはいまひとつだったといいます。なぜなら、その頃はまだ西洋料理を作る習慣が家庭にはなかったためです。

 

食生活の洋風化の流とともに需要が拡大

 トマトケチャップが思ったように売れませんでしたが、その可能性を信じてやまない一太郎は、事業に力を入れるようになります。

 ある時、一太郎は、アメリカにおけるトマト加工業の規模や、技術・設備、製品の水準の高さを聞きます。これに発奮し、それまで農家の副業としてやっていたトマト加工に専念する決心を固めます。

 1914(大正3)年に、愛知トマトソース製造合資会社を仲間と設立。1919(大正8)年に、規模や設備の面で本格的な上野新工場を完成させます。

 1923(大正12)年に愛知トマト株式会社に改組改称。その頃、殺菌方法の改良などでトマトケチャップの加工技術も進化し、海外の製品と遜色ない色と味わいの製品を完成させ、その需要は徐々に拡大していきます。

 西洋料理を家庭の食卓に浸透させるため、… 続きを読む

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カゴメ株式会社について
■ 事業内容調味食品、保存食品、飲料、その他の食品の製造・販売,種苗、青果物の仕入れ・生産・販売
■ 設立年月1949年
■ 本社所在地〒460-0003 愛知県名古屋市中区錦3-14-15
■ 従業員数(連結)2,621人(2016年12月現在)
■ ホームページ

http://www.kagome.co.jp

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