2017.06.14 Wed

“ジャパニーズ・ピザ”でNo.1!「ピザーラ」の戦略

フォーシーズ「ピザーラ」

 「ピザーラお届け!」のキャッチフレーズでおなじみのピザ宅配チェーン「ピザーラ」は、1987(昭和62)年に創業しました。当時、宅配ピザ市場はアメリカの大手チェーンが先行していましたが、「ピザーラ」は後発ながらも、わずか10年で売り上げ・店舗数ともに業界No.1となりました。その人気は衰えることを知らず、現在も売り上げ・店舗数(560店舗)ともにNo.1を守り続けています。今回はその歴史を辿りながら、「ピザーラ」の強さの秘密に迫ります。

 

10の失敗を経て、「E.T.」が届けてくれたピザの夢

 淺野秀則(あさの ひでのり)という人物を抜きにして、「ピザーラ」は語れません。淺野は「ピザーラ」の創業者であり、現在は「ピザーラ」をはじめとしたデリバリーなど56業態・1630店舗(2017年5月29日時点)を展開する「株式会社フォーシーズ」の会長です。その波乱に満ちた半生から「ピザーラ」が生まれました。

 1953(昭和28)年に東京で生まれた淺野は、100年以上続く紙器メーカーの御曹司として、恵まれた子ども時代を過ごします。しかし、その生活は高校時代に暗転。父が倒れ、やがて会社は人の手に渡り、淺野家の日々の生活は一変します。そのとき淺野に芽生えたのが「淺野家再興」という夢でした。

淺野は一家を支える母を手伝いながら、自身も学生時代から旅行代理店業をはじめるなど、夢に向かって突き進みます。しかし、大学卒業後にはじめたクラブハウス(喫茶店)では、復帰まで約1年半も要する大火傷を負います。そんな逆境にあっても淺野の夢は変わりません。その後もラーメン屋やビデオレンタル店などを手掛け、合計で10もの事業を立ち上げます。しかし、どれも自身が納得するほどの成功には至りませんでした。

 そんなとき、たまたま観た映画「E.T.」のワンシーンに、淺野は「これだ!」とひらめきます。それは、映画の冒頭にある、宅配ピザが主人公宅に届くシーンでした。

 1980年代は、アメリカの大手宅配ピザチェーンが日本に上陸し、これから販売店を拡大しようという時期で、日本人にとってピザはまだまだ馴染みのない存在でした。しかし、淺野は「日本でも宅配ピザが必ず流行する」と確信。すぐに、大手宅配ピザチェーンへ電話をかけ、フランチャイズの加盟を申し込みますが、直営店しか展開していないという理由で断られてしまいます。

 それでも淺野はあきらめませんでした。フランチャイズの加盟がかなわないのであれば、「自分で宅配ピザ店をつくろう」と決意します。

 とはいえ淺野はピザに関して全くの素人。宅配ピザ店どころか、ピザづくりをゼロから学ぶ必要があり、その前途は多難を極めます。

 

毎日食べても飽きないピザをつくるために

 ピザをつくるにあたって淺野がこだわったのが、「毎日食べても飽きないおいしいピザをつくる」ことでした。そのために食材選びも妥協しませんでした。

 「ピザのおいしさは生地にあり」と考えた淺野は、… 続きを読む

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株式会社フォーシーズについて
■ 事業内容デリバリー事業、外食事業、ロブション事業、料飲事業、ケータリング事業の運営
■ 設立年月1980(昭和55)年4月1日
■ 本社所在地〒107-0062 東京都港区南青山5-12-4 全菓連ビル
■ 資本金1億円
■ ホームページ

http://www.four-seeds.co.jp/

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