2017.03.08 Wed

“ラーメン多様化”の口火を切った「サッポロ一番」

サッポロ一番

 日本国内で製造される即席袋麺は、年間で約17億食にのぼります(日本即席食品工業協会2015年調べ)。

 その中で、現在の販売累計が300億食近くに達し、トップブランドに位置するのがサンヨー食品の「サッポロ一番」です(日刊経済通信社2016年調べ)。「サッポロ一番」は即席麺として後発ながら、1966(昭和41)年の「しょうゆ味」の発売を皮切りに、当時珍しかった「みそ味」「塩味」とヒット商品を送り出し、各地でブームを巻き起こしました。

 そんな「サッポロ一番」の誕生から現在に至るまでの歴史を紹介します。

 

即席麺の将来性を確信して自社ブランドを開発

 サンヨー食品は、先代社長の井田毅(たけし)を中心に設立されました。もともと毅は群馬県前橋市の酒屋に生まれ、酒販業に携わっていましたが、日本経済の先行きを考えて事業の多角化を目指すようになりました。

 毅が次の事業の柱として考えたのが“乾麺”の製造でした。北関東は小麦の産地として知られています。1952(昭和27)年にはその小麦粉の統制が解除され、小麦粉を使う乾麺の製造・販売が完全に自由化されました。その追い風を受けて、毅は1953(昭和28)年に父の文夫とともに、サンヨー食品の前身である富士製麺株式会社を設立。当初はうどんの製造を中心に行っていました。

 富士製麺を立ち上げてから数年後、“即席麺”が世に登場し、大きな注目を集めるようになります。毅もその将来性を確信。即席麺市場への参入を決断します。

 1961(昭和36)年に社名をサンヨー食品株式会社に改め、毅は即席麺の開発のために、妻の喜代子と二人三脚で試行錯誤を重ねます。そして、第一号の自社ブランドである袋即席麺「ピヨピヨラーメン」を1963(昭和38)年に発売しました。

 「ピヨピヨラーメン」は、テレビCMを放送したこともあって関東を中心に好調な売れ行きを示しました。そこで毅は、「今度は全国にアピールできる新商品を開発しよう」と考えます。ただし、サンヨー食品は即席麺のメーカーとしては後発。当時即席麺の主流だったしょうゆ味ではなく、差別化できるラーメンを開発することにしました。

 その結果誕生したのが、1964(昭和39)年に発売された塩味の「長崎タンメン」です。塩味の即席麺は業界初。さらに、ご当地ラーメンという珍しさもあって、「長崎タンメン」は発売の翌春には関東でシェアトップに立ちました。

 こうして後発メーカーながら、ヒット商品を相次いで送り出した毅ですが、関東だけの成功では満足することができませんでした。

 

札幌のラーメン横丁の味を再現した「サッポロ一番」

 塩味の「長崎タンメン」がヒットする中で、毅は「やっぱり王道のしょうゆ味で勝負したい」という思いが強くなります。しかし、このジャンルは強力な他社ブランドがひしめいていました。後発のサンヨー食品が、どのように差別化を図ればいいのか。悩む毅の脳裏に浮かんだのは、以前、札幌のラーメン横丁で食べたしょうゆラーメンの味でした。

 「あの味を再現できれば必ずヒットする」。そう確信した毅はすぐに開発に乗り出しましたが、なかなかうまくいきません。鶏ガラをベースにしたしょうゆ味という基本は固まったものの、ラーメンの味を再現するための最後のひと味がどうしても分かりませんでした。しかし、毅が… 続きを読む

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サンヨー食品株式会社について
■ 事業内容即席麺類その他食料品の製造販売
■ 設立年月1953(昭和28)年11月
■ 本社所在地〒107-0052 東京都港区赤坂3の5の2
■ 資本金5億円
■ 従業員数6,248名(連結)
■ ホームページ

http://www.sanyofoods.co.jp

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