2017.07.25 Tue

会社の存続を賭けた変革に挑む社長の覚悟

シナネンホールディングス 代表取締役社長 崎村 忠士 氏

 石油・ガス事業を取り巻く環境は、国内の人口減少や燃焼機器の省エネ性能向上、電気・都市ガス自由化などの影響により厳しさを増している。また、気候変動の問題もあり、化石燃料からの脱却は世界的な潮流となっている。激変する市場環境の中、2015年10月1日、シナネンホールディングスの代表取締役社長に就任した崎村忠士は、「創業以来90年、エネルギー卸を主力事業としてきましたが、今の延長線上に未来はない。本気で改革に望まなければならない」との考えから、言葉だけではなく、自らの身をもってその覚悟を世に示した。

 

豆腐屋で学んだ商売のおもしろさ、ラグビーで学んだ組織の大切さ

 宮崎県日南市で豆腐屋を営む両親のもとに生まれ、4人兄弟の末っ子として育つ。物心ついた頃には兄姉とともに家業を手伝っていた。

 「当時は冷蔵施設もなく防腐剤も使わないので、今日つくったものは1日で売りきらなければならず、休みなく働いていました。1年間で休みは正月の1日と2日だけ。兄たちは、遊ぶ時間もなく不満だったようですが、私は仕事をするのが当たり前だと思っていましたね」

 毎朝3時に起きて豆腐づくりを手伝い、学校から帰るとリアカーに豆腐を載せて売り歩いた。「豆腐売りは楽しかったですよ。毎日完売するから、自分は売るのがうまいんだ。商売はおもしろいなって思っていました」

 高校生になると、「家業は継ぎたくない」という気持ちが強くなり、横浜市立大学へ進学。大学ではラグビー部に入部した。入部当初の部員は少なかったが、学年が上がるにつれてメンバーも増え、4年のときには3部リーグで優勝するという公立大学としては異例の快挙を成し遂げた。

 「ラグビーは、1人のスーパースターがいるから勝てるというものではなく、15人全員が役割を果たさなければ勝てないスポーツです。背が高い、体が大きい、すばしっこい、それぞれの資質を活かして強い組織をつくっていく、そのプロセスは、今の仕事にも生きていると思います」

 

為替変動で利益が吹き飛ぶ理不尽な現実

 「何年か会社で働いたら独立しよう」と考えていた。独立するには、お金を稼げる営業力が必須だと考え、就職活動では営業を任せてくれそうな会社を回った。

 「大手企業から内定をもらいましたが、間違いなく営業をやらせてくれそうな品川燃料(現シナネンホールディングス)を選びました。当時は9月1日が就職活動解禁日で、電話をかけたら『採用するからすぐ来てくれ』と言われ、13時に行けば16時の練習間に合うと思い、急いで会社へ駆けつけたことを覚えています」

 1986年に外国航路の船舶用燃料を扱う舶油課へ配属となった。ビジネスに大きな影響を与えたのが、1985年に先進5カ国の蔵相がニューヨークのプラザホテルに集まり、通貨の切り上げを決めたプラザ合意だ。これによりドルは、1ドル235円から1年で160円まで下落した。その影響により、大手の海運会社がバタバタと倒産していった。

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崎村 忠士(さきむら ただし)
1976年、横浜市立大学を卒業し、品川燃料(現シナネン)に入社。2007年執行役員に就任するとともにシナネン関東ガス販売(現ミライフ)の代表取締役社長を兼任、2008年に取締役、2012年6月シナネンの代表取締役社長、2015年10月シナネンホールディングスの代表取締役社長に就任。現在に至る。

シナネンホールディングスについて
■ 事業内容エネルギー卸・小売り周辺事業、エネルギーソリューション事業、非エネルギー及び海外事業を展開するシナネングループの純粋持ち株会社
■ 設立年月1934年4月25日(創業:1927年4月11日)
■ 本社所在地東京都港区海岸一丁目4番22号
■ ホームページ

http://sinanengroup.co.jp/

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