2017.07.18 Tue

プロ経営者は断言する“答えは社員の中にある”。

デルタ航空 日本支社長 森本 大 氏

 フォーチュン誌が選ぶ「世界で最も賞賛される企業」の航空会社ランキングで7年間に6度の1位を獲得、米ビジネストラベルニュース誌調査で6年連続トップを記録するデルタ航空。2012年5月に同社日本支社長となった森本大は、起業家でありながらクラブメッド日本法人の社長、ニッセンの執行役員、日本コカ・コーラで副社長を歴任したプロ経営者だ。デルタ航空の日本支社長を任された森本は、“答えは社員の中にある”との信念に基づきサーバント・リーダーシップを発揮し、デルタ航空をさらなる高みへ導く改革に邁進する。

 

積み重ねた国際経験から見えてきた自分の立ち位置

 幼少期は親も手を焼くガキ大将、小中学校時代は学級委員をかってでるクラスのまとめ役、生まれながらリーダー気質を持つ森本の人生観を変えたのは、米国アーカンソー州での交換留学の経験だ。

 「人口4,000人程度の小さな町、8割は農家で、貧富の差が激しく、約半数は黒人。都会育ちで英語もろくに話せない日本人が、そんな環境で信頼を得るには、言葉や人種、文化の壁を超えてコミュニケーションを取るしかありません。そうやって半年、1年と過ごすうちに仲間として見てもらえるようになり、徐々に自分の立ち位置が見えてきました。そこで得た経験は、その後の生き方に大きな影響を与えました」

 大学進学後も日米学生会議で米国の学生たちと政治や経済についてディスカッションを行うなど、若いうちから数多くの国際経験を積んだ。大学卒業後、住友信託銀行(現三井住友信託銀行)に入行。1987年、日本がバブル景気に踊りはじめた時期である。

 「父親が銀行を脱サラして不動産屋になり成功したので、自分も銀行に入って事業を起こせば成功するんじゃないかと安易に考えていました。また、銀行なら国際経験も活かせると思いました」と森本は入社理由を話す。

 バブル期の銀行は、多忙で深刻な人手不足の状態だった。森本は英語ができて不動産がわかるという理由で、入社1年目から海外の市場開拓を任される。スーツケースを抱えてオーストラリアへ飛び、現地の不動産屋や弁護士事務所を回り、100億円、200億円のオフィスビルを日本の機関投資家に売りまくった。

 「最初は大変でしたが、半年もすると今までできなかったことができるようになり、自分の成長を実感できました。1年後には、1人前の顔で商談に臨めるようになり、2、3年後には、世界の名だたるインベストメント・バンクから『うちに来ないか』と誘いが来るようになりました。あの頃は、本当に楽しかったですね」

 ヘッドハンティングに心を動かされたが、あえて銀行に残り、「MBA取得のためビジネススクールへ行かせてほしい」と人事部に交渉を持ちかけた。

 

銀行を退職、先鋭的なビジネスモデルを創り上げて起業

 1991年に渡米してボストンのハーバードビジネススクールへ。1993年に銀行へ戻ると、日本はバブルがはじけ景気はどん底だった。渡米前に所属していた部門は軒並み縮小、森本は法人営業部門へ配属され、ドブ板営業の日々を送る。

 「幸いだったのは、… 続きを読む

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森本 大(もりもと まさる)
1987年、同志社大学法学部法学科卒業後、住友信託銀行株式会社(現三井住友信託銀行株式会社)入行、1993年に米国ハーバードビジネススクールでMBA取得。1996年、シグニチャージャパン株式会社を創業しCEOに就任。同社を楽天株式会社に売却後、株式会社クラブメッド代表取締役社長、株式会社ニッセン執行役員、日本コカ・コーラ株式会社副社長を歴任し、2012年5月にデルタ航空日本支社長に就任。

デルタ航空について
■ 事業内容航空運輸業務
■ 設立年月1929年6月17日
■ 本社所在地米国ジョージア州アトランタ(日本支社所在地:東京都港区虎ノ門4-3-1)
■ ホームページ

https://www.delta.com

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