2017.07.11 Tue

東京スカイツリーを支える「危機感」と「一体感」とは

東武タワースカイツリー株式会社 取締役社長 酒見 重範 氏

ホテルマンがスカイツリーの社長に。その抜擢理由は?

 2012年5月に電波塔・観光施設として開業した東京スカイツリーは、今や東京のランドマークとしてすっかり定着している。開業からこれまで約2,700万人が訪れているが、ショッピングモール「東京ソラマチ」やすみだ水族館、オフィスから構成される複合施設・東京スカイツリータウン全体の来場者数は、実に1億8,800万人にも及ぶ。

 その東京スカイツリーを中核とした施設を運営するのが、東武タワースカイツリーである。同社は、観光資源としてのタワーの運営に加え、電波塔の管理という2つの事業を展開している。

 同社の社長を務めるのは、2015年6月に就任した酒見重範。酒見はホテル業界で24年のキャリアを過ごしたホテルマンであるが、現職でもその経験が活きているという。

 「実際、ホテル経営と、観光施設としてのスカイツリーの経営は非常に似ています。どちらも在庫ストックが効かないビジネスで、日々の客数の変動の影響が大きいため、日本全国、そして世界中から来てもらうための営業が欠かせません」


鉄道マニアが本物の鉄道マンに

 東京・世田谷で生まれ育った酒見は、航空自衛隊の自衛官だった父親の影響もあって、ゼロ戦や紫電改など戦闘機のプラモデルをいくつも作ったり、往年の戦闘機が活躍する漫画に夢中になる少年だった。ところが中学時代には、友人の持っていた鉄道模型を目にし、その精密さにひかれたことで、鉄道の方が好きになっていった。

 武蔵大学に進学後は鉄道研究会に所属し、2年生になると会長を務めるほどの鉄道マニアへと成長する。ゼミでヨーロッパ経済を学ぶ傍ら、全国を“トレインラリー”で巡ったり、撮影旅行をしたりと、学生時代の熱量の多くを鉄道に注ぎ込んだ。ちなみにトレインラリーとは、スタートからゴールまで途中下車の難易度に対応して駅に点数を付け、3日間でゴールを目指しながら総得点を競うイベントのことである。

 こうした鉄道好きが高じて、大学を卒業した1978年、東武鉄道に就職した。母校の武蔵大学の創立者である初代根津嘉一郎が、かつて同社の経営に参画していたことも理由のひとつだったという。入社後の研修では、駅員と車掌の仕事をそれぞれ半年ずつ経験した。

 「駅員を務めた東武東上線の坂戸駅は、まだ切符の手売りを行っていました。そのため、日々『ダッチングマシン』という機械で切符に日付を印字するなど、鉄道マニアとしては興味深い経験ができました。

 それ以上に貴重な体験だったのが車掌の仕事です。列車に乗務していると安全の確保をせねばなりませんので、緊張もしますが、楽しくてあっという間に一日が終わる感じでしたね」


レジャー事業を蘇らせた「つらい経験」

 しかし、研修後は鉄道の現場を離れることになる。業務部でダイヤの作成に携わると、その後は東武百貨店の増床計画を担い、1986年にはグループ会社の東武ホテルへ出向。ホテルでは、開業準備や宴会部門の営業や、新規出店の計画立案を担当した。

 「好きな鉄道の仕事は楽しかったのですが、適性という点ではホテルの仕事のほうが自分に合っていると思いました。大学時代に百貨店で接客のアルバイトをしていた時から、お客さまと直接やりとりし、反応を感じることができる仕事だと、やりがいを感じていましたから」

 しばらくの間ホテルマンとして過ごすと、2002年には東武鉄道に戻り、レジャー事業本部部長として動物園やテーマパーク、ゴルフ場、スポーツクラブといった事業を統括することとなった。当時はバブル崩壊の影響が強く残り、… 続きを読む

全文(続き)を読む

続きを読むにはログインが必要です。

まだ会員でない方は、会員登録(無料)いただくと、続きが読めます。

酒見 重範(さけみ しげのり)
1955年、東京都世田谷区生まれ。1978年4月、東武鉄道株式会社に入社。2002年10月に同社のレジャー事業本部部長に就任し、その後2007年6月に株式会社東武ホテルマネジメントの専務取締役となり、2009年6月、同社の取締役社長に就任。2015年6月より現職。

東武タワースカイツリー株式会社について
■ 事業内容(電波塔)施設賃貸業、(展望台)観光業
■ 設立年月2006年(平成18年)5月1日
■ 本社所在地東京都墨田区押上1-1-2 東京スカイツリーイーストタワー 19F
■ 資本金172億2,500万円
■ 従業員数約90名
■ 業種サービス業
■ ホームページhttp://www.tokyo-skytree.jp/
このページの先頭へ
Bizコンパス公式Facebook Bizコンパス公式Twitter