2017.03.07 Tue

三代目が挑む100年、200年続く人材ビジネス

テンプスタッフ株式会社 代表取締役社長 和田 孝雄 氏

 「テンプスタッフを100年、200年続く会社にすることが使命」と言い切る和田孝雄社長。AIが人間の仕事を代替する未来を前に、人材ビジネスの可能性とあるべき姿を語る。

 中学時代からサッカーをやっていた和田は、あの釜本邦茂を輩出した高校サッカーの古豪、京都府立山城高校へ進学。全国大会出場を目指し、厳しい練習に耐えた。

「監督はすごく厳しい人でしたが、一度だけ『和田は、相手に嫌がられる良いバックスだ。ヘディングの滞空時間も長く、接触を恐れないから競り負けない』と褒めてくれました。サッカーセンスの劣る私が生き残るには、人より練習するしかなく、毎日黙々と積み重ねてきた結果を評価してもらえてうれしかったですね。結局、全国大会にはいけず、京都選抜にも選ばれませんでしたが、最後まで逃げずに努力したことは、今の自分を形成する核になっていると思います」

 和田の実家は、京都の北山杉で床柱を製造する林業を営んでいた。しかし、安い外国産材に押されて林業が衰退してきたことに加え、父親が借金の保証人となったことから生活に窮する状態が続いていた。その影響から、和田は小さい頃から「お金持ちになりたい」、「いつか社長になる」と言い続けていたという。近所や親せきからは「なにをバカなことを」と笑われたが、大学に進学してもその気持ちは変わらなかった。

 

3年で辞めるつもりでテンプスタッフに入社

 大学卒業後に就職したが、起業したいという気持ちは変わらなかった。会社員として働きながら、起業のテーマを探し続けた。そんなある日、和田はついに起業のテーマに出会う。社運を賭けた一大プロジェクトが立ち上がったが、メンバーが充足せず人材派遣会社を使うことになった。必要なスキルや要望、条件を伝えたところ、要件にぴたりと合う優秀な派遣スタッフが派遣されてきた。

「人材派遣のスキームを知り、これだと思いました。人材ビジネスで起業すればお金が儲かると考えたのです。ところが、この業界は規制が多く、会社設立には免許が必要なことがわかり、まずは派遣会社に入ってノウハウを学ぼうと思いました」

 テンプスタッフに入社した和田は、最初から「3年後には起業する」心づもりだった。当時のテンプスタッフは日々事業が拡大するような急成長期で、和田は半年後にはマネジャーに就任し、1年後には事業部門を任されるスピード出世を遂げた。それでも起業するつもりでいたが、創業社長の篠原欣子の言葉が和田の心を変えた。

 「和田さん、『お金儲けを目的にこのビジネスをやっちゃダメ。そんな事をしたら絶対に会社がおかしくなる』大事なのは『この事業をやって社会に貢献したい』という純粋な想いです。特に、人材ビジネスは人を扱う仕事ですから、派遣スタッフからもお客さまからも信頼を得られなければ、続けることはできません」との言葉を受け、和田は人材ビジネスの奥深さと仕事の意味に気付かされた。

 

未来へ続く基盤をつくる三代目

 1998年1月、テンプスタッフ史上最悪の事件が発生する。… 続きを読む

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和田 孝雄(ワダ タカオ)
1962年、京都府出身。立命館大学法学部卒、1986年に日本精機宝石工業入社。1991年テンプスタッフ入社。営業企画本部長を経て2005年に執行役員に就任。2013年取締役副社長に就任し、2016年4月代表取締役社長に就任。

テンプスタッフ株式会社について
■ 事業内容労働者派遣事業、有料職業紹介事業、保育事業
■ 設立年月1973年(昭和48年) 5月
■ 本社所在地東京都渋谷区代々木2-1-1 新宿マインズタワー
■ 資本金1,010百万円
■ ホームページ

https://www.tempstaff.co.jp/

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