2016.12.27 Tue

交通インフラメーカーが行う組織の“かもしれない運転”とは

日本信号株式会社 代表取締役社長 塚本 英彦 氏

 1928年に鉄道信号メーカーとしてスタートして以来、交通インフラに関わる製品を幅広く手がけてきた日本信号株式会社。同社の事業は、自動列車停止装置(ATS)や列車集中制御装置(CTC)などを扱う鉄道信号事業、交通信号灯器や交通信号制御機などを扱う交通情報システム事業、自動出改札機やホームドアなどを扱うAFC事業、駐車官制システムやパークロックシステムなどを扱う情報システム事業、距離画像センサーや地中埋設物探査レーダなどを扱うVBC事業など多岐にわたる。

 そんな同社を率いるのが、2016年6月に代表取締役社長に就任した塚本英彦だ。

 

機械好きが高じて、世界初の旅客搭乗管理システムを開発

 塚本は1958年、愛知県の日進市で生まれ育った。戦国時代の「小牧長久手の戦い」の舞台となった古戦場や岩崎城に近く、自然が豊かな土地だったこともあり、子供の頃から外に出て遊ぶのが大好きだったという。また、実家が農業を営んでいたこともあり、田んぼや畑で仕事を手伝うことも多かった。

 塚本が子供の頃から親しんできたことのひとつに、「機械いじり」があった。

「家族みんなが機械好きだったもので、車やバイク、無線機など、身の回りに機械が多く、よくいじっていました。叔父が電電公社の会社を経営していたので、中学時代は工事の手伝いなどもやりましたね」

 大学も自宅から通える名古屋工業大学の工学部を選択。大学時代は2つの研究室に在席し、プラズマからマイクロコンピューターまで幅広くに進み、トランスやモーターなどについて学んだ。

 大学卒業後の就職には、日本信号を志望した。最後に在籍していた研究室が採用のターゲットになっていたことが大きいが、日本信号の本社が東京のため「東京を経験できる」というのも動機のひとつだった。

 入社後は東京の本社ではなく、栃木県の宇都宮工場(現 宇都宮事業所)に配属されることになった。しかしここは、機械いじりが好きな塚本にとって、ある意味でピッタリの場所だった。

「この工場は東京オリンピックの開催をきっかけに建てられた工場で、当時としては先進的だった0系新幹線の電子式信号システムをきっかけに常に『日本初』を追い求め、新しいことにチャレンジしていました。

 私はその工場で、駅務自動化のための機器やシステムを開発するAFC(Automatic Fare Collection Systems)技術部に配属されて、主に空港の旅客搭乗管理システムの開発に携わりました。世界中の空港を接続してネットワーク化し、予約から発券、搭乗までを管理する大規模なシステムです。磁気記録方式の搭乗券チケットを使ったこのようなシステムは世界でも初めての取り組みだったので、機器の規格や仕様、媒体の印字の仕方など、さまざまな要素について、航空会社と一緒に開発しました」

 

技術職から営業職へ。「パスネット」対応の自動改札機に携わる

 技術者としてAFC事業の開発を経験した塚本は、10年後の1991年、東京へ移った。それまでは技術者として開発部門にいた塚本は、ここで係長として営業部に配属されることになった。初めての営業職であったが、… 続きを読む

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塚本 英彦(ツカモト ヒデヒコ)
1958年、愛知県生まれ。1982年に名古屋工業大学工学部を卒業後、日本信号株式会社に入社。2005年にAFC事業部AFC営業部長に就任、翌2006年に執行役員としてAFC事業部長に就任。2010年に取締役 常務執行役員として、AFC事業部長、国際事業部、VBC担当を兼任。2011年にICTソリューション事業、AFC事業部長、国際事業部、VBC、宇都宮事業所担当を兼任。2015年に代表取締役副社長に就任。2016年6月に代表取締役社長に就任。

日本信号株式会社について
■ 事業内容鉄道信号保安システム、交通情報システム、駅務自動化システム、駐車場システムなどの製造および販売等
■ 設立年月1928年12月
■ 本社所在地東京都千代田区丸の内1-5-1 新丸の内ビルディング13階
■ 資本金100億円
■ 業種電気機器
■ ホームページ

http://www.signal.co.jp/

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