2016.11.29 Tue

逆境を糧に価値を高め続けた山男社長が世界に挑む

NECトーキン株式会社 代表取締役執行役員社長 小山 茂典 氏

 4次産業革命のキーテクノロジーといわれるIoTに不可欠なセンサーやアクチュエータ、キャパシタなどの電子部品でグローバルなビジネスを展開するNECトーキン株式会社。2012年2月1日に同社の代表取締役執行役員社長に就任した小山茂典は、業績が低迷する中、“眼に見えて変われ”とのメッセージを掲げて構造改革の大ナタを振り上げた。

 

山登りに明け暮れた学生時代、山の上でリーダーの役割を学ぶ

 仙台の高校を卒業後、一浪して東北大学へ入学した小山は、新田次郎の山岳小説に感化され、山岳部へ入るため部室を訪れた。あいにく遠征中で、もぬけの殻だった部室の前で「さて、どうしようか」と考えていると、山男風のヒゲもじゃ学生に「山岳部に入っても下っ端としてこき使われるだけだぞ。本気で山に登りたいならワンゲル(ワンダーフォーゲル部)で技術を身に付け、一人で登ればいいじゃないか」と声をかけられた。

 「その言葉に納得し、すぐワンゲル部に入部しました。すると、あのヒゲもじゃがいるわけですよ。貫禄があるからすっかり先輩だと思い込んでいたけど、実は同級生でした。あのとき彼の口車に乗りワンゲルに入ったことが大学生活を変えましたね」と小山は当時を振り返る。

 東北大学のワンゲル部は、冬山も沢登りも岩もなんでもやる本格派の体育会系。山に登り過ぎて留年してしまう部員も珍しくない猛者ばかりだった。小山も山登りの魅力にはまって年間100日以上を山の上で過ごすようになり、勉強もそっちのけになってしまった。学年が上がるとパーティー登山のリーダーに選ばれ、ついには50~60人の部を統率するキャプテンに任命された。

「たとえば、冬山で悪天候に見舞われたとき、留まるのか、進むのか、引き返すにしてもどの道を選ぶのか、すべてリーダーに任されます。信頼できるリーダーの判断には、全員が生命を預ける覚悟で従います。その場で下す判断が正解とは限らないので葛藤はありますが、毅然とした態度を示すことがリーダーの役割だと、山の上で学びました」

 

浪人・留年・休学の落ちこぼれ学生に舞い込んだエンジニアへの道

 山登りに熱中し過ぎて留年、もう普通の学生生活には戻れない、親に学費を出してもらうのも申し訳ないと考え、実家の両親に「大学を辞めて山登りに専念します」と啖呵を切り、その勢いで研究室の竹田先生の元へ別れの挨拶に向かった。

 話を聞き終えた竹田先生は、「君の気持ちもわからないではない。しかし、君が退学すると指導教授の私にもペケがつく。どうだろう、ここは私に免じて休学で手を打たないか。休学して、それでも決心が変わらなければ、そのとき辞めればいいじゃないか」と諭された。「そこまで言うなら先生の顔を立てるか」と休学願いを提出した。「今思えば不遜な勘違い。休学で済ませてくれたのは先生の大人の知恵と親心。今では感謝です」

 「そうこうして願い通り休学して働きながら山登りに専心したものの、あのとき退学して山に登ると啖呵を切ったのは、実はドロップアウトしていることを自覚して起こしたヤケクソの逃避行動だったと気付いたんです。まともな社会人にはなれそうにないけど、せっかくだから卒業だけはしよう」と復学した。

 研究室にも復帰し、心を入れ替えて勉強に取り組んでみたら、今まで興味のなかった制御工学のおもしろさがわかってきた。成績もみるみる向上したが、「浪人、留年、休学の落ちこぼれだから」まともな就職は諦めていた。ところが、たまたま隣の研究室の教授が東北金属工業(NECトーキンの前身)の取締役と同級生だった縁で、小山を紹介してくれることになった。

「会社を案内してくれるというから、軽い気持ちでジーパンにバイクで本社へ乗り付けたら、取締役の加藤さんや人事部長の金子さんら会社幹部の方がスーツで出迎えてくれました。世間知らずの自分も、さすがにこれは非礼をしてしまったと気付き青くなりました。ところが、加藤さんをはじめ皆さんがとても親切に接してくれ、熱心に説明をしてくれました。その姿を見て、もう申し訳なくて、会社や仕事の内容云々ではなく、こんな自分でもよければよろしくお願いします、という気になりました」

 

最先端の研究を経験しエンジニアとして成長、舞台はアメリカへ

 1982年、東北金属工業へ入社。研修の後、コイルやトランスの設計部隊へ配属された。3年後、当時のトップとNECの間で光ディスク技術を応用したコンピュータの記憶装置に関する共同研究がスタート、NECの研究所へ出向の命が下った。

「社長に呼び出され、研究所は東大や京大出の研究者ばかりだが、物怖じするな。人の3倍働けば必ず認めてもらえると激励されましたが、『3倍働くなんて無理』って思いましたよ。でも、3倍は無理でも1.5倍働けば認めてもらえましたね。世界最先端の研究分野で過ごした、あの数年間はとても充実していました」

 ところが数年後、… 続きを読む

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小山 茂典(オヤマ シゲノリ)
1957年、宮城県出身。東北大学工学部卒。1982年、東北金属工業(現NECトーキン)入社。1999年トーキンアメリカ社長、2002年NECトーキンアメリカ社長を経て2003年に帰国、第二営業本部副本部長就任。2005年にEMC事業部長、2010年に取締役執行役員、2011年に取締役執行役員常務、2012年2月から代表取締役執行役員社長に就任。現在に至る。

NECトーキン株式会社について
■ 事業内容電子部品の開発・製造・販売
■ 設立年月1938年4月8日
■ 本社所在地宮城県白石市旭町7丁目1番1号
■ 資本金342億8千万円
■ ホームページ

https://www.nec-tokin.com/

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