2016.06.14 Tue

構造改革を断行するべく“鬼になる”覚悟で社長就任

昭和電工株式会社 代表取締役社長 市川 秀夫 氏

 半導体や液晶パネル、LED、太陽電池などの製造に欠かせない電子材料用高純度ガス、クラウドやビッグデータの進展により重要性の高まるハードディスク、鉄リサイクル用の電気炉に不可欠な黒鉛電極をはじめ、さまざまな分野で世界ナンバーワンの販売シェアを誇り、数々のオンリーワン技術で市場をリードするグローバルカンパニー、昭和電工株式会社。世界屈指の化学メーカーを率いるのが、2011年1月に代表取締役社長兼社長執行役員 最高経営責任者(CEO)に就任した市川秀夫である。市川は社長を引き受けるに当たり、過去のしがらみを断ち切り構造改革を断行するため、自ら「鬼になる」覚悟を決めた。

 

母親の背中に学んだ人間としての矜持

 故郷は、長野県北東部に位置する須坂市。1952年、3人兄弟の長男として生を受ける。父親が熱狂的な野球ファンだった影響で、幼い頃から親子で野球に勤しむ。小学校へ入学した1958年は長嶋茂雄の巨人軍入団と同じだったこともあり、市川少年にとって長嶋は憧れの存在だった。

「毎年2月1日にプロ野球がキャンプインすると、市川家も同日にキャンプインするんですよ。雪が積もる中、父に連れられて小学校へ行ってキャッチボールをさせられました。あの頃の思い出は今も忘れられませんね」

 中学2年の夏、不幸な交通事故で父親が突然他界。残された母親は、女手ひとつで必死に働き3人の息子を育て上げた。大学受験で早稲田大学と慶應義塾大学の両方に合格したが、学費が1万5千円安いという理由で慶應を選択。「学生時代には、仕送りでマージャンしたり、煙草を吸ったりしている友人もいましたが、母のことを思うと、私はそんなことはできませんでした。日々努力を重ね、自分を追い込んで仕事をしなければならないという人間としての矜持は、あの頃母親の背中から学んだと思っています」

 大学卒業後、地元での就職も考えたが、母親から「地元に帰る必要はない。本当に自分がやりたいことを選びなさい」と背中を押され、メーカーへの就職を決意。いくつものメーカーを訪問する中、採用担当者の熱意を感じた昭和電工への入社を決めた。

 

取締役に直訴し、人事部から事業部の最前線へ

 5年間の工場勤務後、人事部に配属され採用担当の任に就いた。「学生の皆さんには、就職希望ランキングの上位とか財閥とか、名前で会社を選ぶのではなく、情緒的といわれるかもしれませんが、自分のフィーリングや感性に合う会社を選ぶべきだと、常に申し上げていました」

 採用担当として順調に人事畑を歩き約10年、管理職の椅子が見えてきた30代後半になり、市川は将来への不安を感じはじめる。… 続きを読む

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市川 秀夫(イチカワ ヒデオ)
1952年、長野県出身。1975年慶應義塾大学法学部卒、昭和電工入社。人事部、合成樹脂事業部、サンアロマー株式会社出向などを経て2003年に戦略企画室長。2006年に執行役員、2008年3月に取締役兼執行役員 戦略企画室長、同年9月にHD事業部門長となり同事業を収益の柱に成長させる。2010年、取締役兼常務執行役員 HD事業部門長、2011年1月、代表取締役社長兼社長執行役員 最高経営責任者(CEO)に就任

昭和電工株式会社について
■ 事業内容石油化学、化学品、エレクトロニクス、無機、アルミニウム製品の製造・販売
■ 設立年月1939年6月
■ 本社所在地東京都港区芝大門1-13-9
■ 資本金1,405億6,400万円(2015年12月31日現在)
■ ホームページ

http://www.sdk.co.jp/

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