2015.12.08 Tue

千葉の病院に全国から患者が押し寄せる理由とは

医療法人鉄蕉会 亀田総合病院 院長 亀田 信介 氏

 東京から特急や車で約2時間はかかる千葉県南部の鴨川市。決して便利とは言えないこの地に、1日平均して3,000人もの外来患者がやって来る病院がある。それが亀田総合病院だ。

 国際的に活躍する医師をヘッドハンティングし、最先端の医療機器を取り揃えるなど、高度な医療を提供することで知られる同病院は、病院ランキングでも常に上位を占め、首都圏だけでなく全国から患者が押し寄せる。

 年間売上高はおよそ400億円。多くの病院が赤字経営に苦しむ中、黒字経営を成し遂げる理由は、質の高い医療とスタッフに加え、病院とは思えない徹底したサービスの充実がある。

 たとえば、全室が個室でオーシャンビューという病棟、病院食は14種類のメニューから選択可能で、アルコールが飲めるレストラン、ネイルやアロママッサージのサロン、ペットとふれ合えるラウンジまで完備するなど、まるでホテル並みの“おもてなし”ぶりである。

 病院経営の革命ともいえる数々の新規軸で手腕を発揮するのが、同院を率いる院長の亀田信介(以下、信介)である。

 

11代続く医師の家系の「アニマル・スピリット」

 亀田家は鴨川で11代続くとされる医師の家系である。亀田家が本格的に西洋医学の道に進んだのは、6代目の亀田自證(じしょう)の時。僧侶でもあった自證は、医学に専念するため僧籍を捨てて長崎まで蘭学を学びに行き、その後、鴨川に戻り「鉄蕉館」(てっしょうかん)という寺子屋と診療所を開設した。

 次の代の謙良(けんりょう)も医者でありながら、水害の多かったこの地域を何とかしようと、借金をして灌漑用水のインフラ整備に挑んだ。ところがいざ工事をはじめると想像以上に費用がかさみ、結局、破産してしまった。

「うちの家系には、とにかく新しいことにチャレンジする変わった人が多いんです。たぶん、そういうゲノムが入っているのでしょう。よくインタビューなんかで『亀田家の人は何故そんなことをするのですか?』と聞かれるんですが“アニマル・スピリット”としか答えようがないんですよ」

 信介の父親の俊孝は、第二次大戦後に復員すると、当時国民病とも言われた結核の療養所(現在の亀田総合病院)を開設。経営と看護教育も行っていた母とともに、二人三脚で療養所を大きくしていった。

 そんな多忙な両親のもと、1956年(昭和31年)7月に信介は生まれた。男ばかりの4人兄弟で、二人の兄と自身と双子の弟・省吾がいる。4人とも大学卒業後は当然のごとく医師になり、病院経営や医療関係者の教育などに携わっている。

 現在の姿からは想像もできないが、双子の信介と省吾は、8ヶ月の未熟児として生まれている。… 続きを読む

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亀田 信介(カメダ シンスケ)
1956年、千葉県生まれ。1982年岩手医科大学医学部卒。順天堂大学医学部付属病院、東京大学医学部附属病院を経て、1987年社会福祉法人太陽会理事長就任。1988年に実家である亀田総合病院の副院長に、1991年より院長に就任、現在に至る。また2003年より、亀田産業株式会社の社長

医療法人鉄蕉会 亀田総合病院について
■ 設立年月1948年1月 (有) 亀田病院、1954年9月 医療法人鉄蕉会亀田病院に改組、1964年7月 医療法人鉄蕉会亀田総合病院に名称変更
■ 本社所在地千葉県鴨川市東町929番地
■ ホームページ

http://www.kameda.com/

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