2015.09.15 Tue

「すた丼」を生んだ“オヤジ”から引き継ぐ心意気

株式会社アントワークス 代表取締役 早川 秀人 氏

 「伝説のすた丼屋」という店をご存じだろうか。豚バラ肉とネギを秘伝のニンニク醤油ダレで炒め、大盛りのごはんの上に盛ったボリューム満点のメニュー「すた丼」が人気のチェーン店だ。現在では関東一円をはじめ、関西、東北、北陸、中国地方、九州、そしてアメリカ・シカゴまで店舗を展開している。

 このすた丼は、1971年、東京都国立市のラーメン店「サッポロラーメン 国立店」の店主だった故・橋本省三氏が考案したものだ。「若者に腹いっぱい食わせてやりたい」という同氏の想いから誕生したすた丼は、「オヤジ」と呼ばれた同氏とともに、東京・多摩地区の若者たちを中心に愛され続けた。

 この“オヤジの店”を引き継ぎ、現在ではステーキ店「デンバープレミアム」も全国展開する株式会社アントワークスへと発展させたのが、代表取締役の早川秀人だ。

 

不良少年に待っていたすた丼屋との運命の出会い

 すた丼と同じく早川もまた、小平市、小金井市と、多摩地区で生まれ育った。生まれは1964年。少年期を迎える70年代後半からは、校内暴力が世間を騒がせるなど、不良少年が街を闊歩していた時代だ。早川も中学3年ぐらいからは自他ともに認める“不良”少年となる。その一方で、中学時代には新聞配達、高校時代にはウェイターや道路工事の交通整理のアルバイトに一生懸命打ち込むなど、真面目な勤労少年としての側面も有していた。

「親に世話になるのが嫌だったんですよ。父親が警察官だったんで、警察への反発心もあったのかな(笑)」

 だがやがて高校を中退すると不良少年らしさが際立っていった。ふらふらとパチンコを打ちつつ雀荘に住み込むなど、ディープな大人の世界に溶け込んだ。

 そんな折、高校時代の友人がたまたまアルバイトをしていた「サッポロラーメン」の国分寺店に顔を出したのが、創業者である橋本省三氏との最初の出会いだった。

「なんか態度のでっかいおっさんがいるなあと思ってたら、それが先代(橋本氏)だったんです」

 橋本氏の店で初めてすた丼を食べた早川は、その美味しさとボリュームにすっかりハマり、足繁く通うようになる。また当時の店は多摩地区の不良少年や元不良少年達のたまり場でもあった。すぐに仲間がどんどん増えていき、そういう意味でも早川にとってすた丼屋は魅力的な場所だった。そこで、すた丼がたらふく食べられ、いつも仲間たちで賑わっているここで働こうと、1983年、19歳でアルバイトとして入社した。… 続きを読む

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早川 秀人(ハヤカワ ヒデト)
1964年生まれ、東京都出身。1983年、19歳で「すた丼屋」にアルバイトとして入り、1986年に社員登用となる。「すた丼」の生みの親である橋本省三氏が他界した後、経営者となり、店舗展開を推進する。2014年3月には、農林水産省主催「第22回優良外食産業表彰」にて、商品開発部門農林水産大臣賞を受賞。

株式会社アントワークスについて
■ 事業内容「伝説のすた丼屋」、「名物すた丼の店」、「デンバープレミアム」の運営
■ 設立年月1989年3月(創業1971年)
■ 本社所在地東京都中野区中野3-33-3 インツ中野ビル5F
■ 資本金4,500万円
■ 従業員数社員140名、アルバイト600名 (2014年12月現在)
■ 業種飲食業
■ ホームページ

http://antoworks.com/

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