2015.09.01 Tue

元ソニー出井氏が語る、日本の経営者に足りないもの

クオンタムリープ株式会社 代表取締役 ファウンダー&CEO 出井 伸之 氏

 1995年から2005年までの約10年間、ソニーの社長に就任していた出井伸之。パソコンブランド「VAIO」や、動物型ロボット「AIBO(アイボ)」、ゲーム機「プレイステーション2」といったヒット作を生み出してきた彼はいま、ソニーを離れ、2006年に自らが設立したコンサル会社「クオンタムリープ」の代表取締役ファウンダー&CEOに就任している。

 「クオンタムリープ」という社名には、戦後まもなく中小企業として産声をあげたソニー(当時は東京通信工業)が、幾つものクオンタムリープ(Quantum Leaps、非連続の飛躍)によってグローバル企業へと発展していく過程で得た出井自身の経験を、日本とアジアの飛躍的な進化につなげたいという思いが込められているという。

 出井がこれまでの人生で経験した “クオンタムリープ”とは、どのようなものだったのか。自身に振り返ってもらった。

 

「日の丸は、丸と三角のどちらが正しいか?」に対する出井少年の答え

 1937年11月、早稲田大学教授の出井盛之の次男として生を受けた出井は、物心ついた頃から自分の感性に正直であり、かつ世間の常識にとらわれない一面を有していた。

 象徴的な出来事と言えるのが、成城学園幼稚園の入園試験でのエピソードだ。試験用紙には「日の丸は、丸と三角のどちらが正しいか?」といった問題が書かれていた。出井少年は“あまりにくだらない”と呆れ、思わず「先生のバカ」と口走ってしまったのである。結果は当然、不合格だった。

「あれが私の人生の中で最初の失敗でした(笑)。強烈な印象だったので今でも当時の光景を鮮明に思い出せますよ。試験には落ちましたが、自分は間違っていない、こんなことで落ち込んでいるようではダメだと、自分に言い聞かせていました」

 その後、家族の都合から小学校低学年までを、当時日本が支配していた満州・大連で過ごすこととなる。そして彼の地で第二次世界大戦の終戦を迎えた出井は、敗戦が国や社会、そして人々にどれだけ大きな影響を与えるのかを目の当たりにした。日本が戦争に負けた途端、子どもたちの間でも日本人と中国人の地位が逆転。さらに町には、ソ連からも人が押し寄せて来て、日本人の立場はますます厳しいものとなったのだった。

「人間の価値観がこんなにもすぐに、そして大きく変わってしまうことに驚きました」

 しばらくは中国とソ連に占領された町で、目立たないようひっそりと暮らさざるを得なかった。そのためか、帰国後もすっかり大人しい子どもになってしまい、なるべく目立たないよう振舞っていた。

 

“世界的マエストロ”との音楽交流

 しかしそんな消極的な姿が見られたのも、中学に上がった頃までだった。… 続きを読む

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出井 伸之(イデイ ノブユキ)

1937年東京都生まれ。1960年早稲田大学卒業後、ソニー入社。主に欧州での海外事業に従事。オーディオ事業部長、コンピュータ事業部長、ホームビデオ事業部長など歴任した後、1995年社長就任。以後、10年に渡りソニー経営のトップとして、ソニー変革を主導。退任後、クオンタムリープ設立。NPO法人アジア・イノベーターズ・イニシアティブ理事長。

クオンタムリープ株式会社について
■ 事業内容企業変革支援事業、ベンチャー企業支援事業、イノベーションコミュニティ事業
■ 設立年月2006年10月
■ 本社所在地東京都港区赤坂9-5-12 パークサイドシックス502
■ 資本金1億円
■ ホームページ

http://qxl.jp/

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