2015.08.25 Tue

84歳現役社長に聞く、48年間の挑戦の軌跡

株式会社オリバー 代表取締役社長 大川 博美 氏

 愛知県岡崎市に本社を置く株式会社オリバーは、公共施設、医療・高齢者施設、飲食や宿泊施設などで使われる業務用家具の企画・製造・販売を手掛ける企業だ。創業以来、「安全・快適なインテリア空間を創造する」を経営理念として事業を行い、業務用家具業界をけん引する存在となっている。

 この企業を一代で築き上げたのが、約半世紀にわたり社長を務める大川博美だ。オリバーの前身となる「富士スチール」を創業したのは、36歳を迎えたとき。裸一貫、何も専門知識を持たないゼロからのスタートだったが、大川には農業、教師、サラリーマンという、それまでの職歴で培った常識にとらわれない視点があった。一大企業を築いた男の足跡をたどっていく。

 

19歳で農家から教師に転身

 昭和6(1931)年、愛知県碧海郡上郷村(現在の豊田市)で、大川は農家の長男として産声を上げる。小学校4年生の時に太平洋戦争が勃発すると、終戦までの4年間は勤労奉仕などで「とても勉強どころではなかった」と振り返る。昭和20(1945)年3月、14歳を迎えた大川少年は海軍少年航空兵に志願。強い使命感に駆られての志願だったが、出征することなく終戦を迎える。

 終戦後は両親の勧めで愛知県立岩津農学校(現岩津高校)に進学。農家の後継ぎとして農業を学び、卒業後は実家で農業に従事。米との二毛作でじゃがいもや菜種などの栽培を行うが、長梅雨の影響で収穫前に全滅してしまう。

「自然を相手にする農業は、努力が実を結ばないことが多々あることから、家族に相談し農業をやめて新たな就職先を探すことにしました。しかし、簡単には就職先が見つかりません。途方に暮れて岩津農学校の担任を訪ねると、ちょうど教員が不足していたのです」

 こうして大川の教師生活がスタートする。教員助手として勤め始め3カ月たったころ、正規教員になるための文部省(当時)の教員試験を受ける必要がでてきた。大川はその試験を見事にクリアし、弱冠19歳で母校の教鞭をとることになる。当時、愛知県で最年少の教師の誕生だった。

 ところが4月の昇給を迎えると、同僚の教員と自分とでは昇給率に大きな差があることを知る。

「僕が200円なのに、同僚は400円も昇給する。理由を聞くと、大卒かどうかの差と言われました。この差は教師を続ける限り続くと聞き、大学進学を決意しました。こうして昼間は教師をしながら、夜は愛知大学に通う生活がスタートします。これが、時間的にかなり無理があり、学校の計らいもあり、岩津中学校へ転勤させていただくことになりました」

 大学を卒業し、正規の教員となった大川は同じ中学校の家庭科教師の女性と結婚、教師としての仕事にもやりがいを感じ始めていた日々が続く。このころの教え子さんらは後に岡崎市長、岡崎警察署長、豊田市教育長、大手自動車メーカーの役員など、そうそうたる顔ぶれが並ぶこととなる。いまだに先生と教え子の間柄で、定期的に集まっているという。「これが80歳を越えた現在の楽しみになるとは、当時想像もできませんでした」と大川は顔をほころばせる。

 しかし、教師生活で10年を経た大川に転機が訪れる。… 続きを読む

全文(続き)を読む

続きを読むにはログインが必要です。

まだ会員でない方は、会員登録(無料)いただくと、続きが読めます。

大川 博美(オオカワ ヒロミ)
1931年愛知県生まれ。県立岩津農学校卒業後農業に従事するが1年で断念、中学校教員として10年間勤務、その間愛知大学法経学部短卒業。1967 年独立し、富士スチール(現オリバー)を創業、社長を務め現在に至る。その後、事業を拡大し皇室や世界各国のVIPをはじめ、万博・空港などに家具・調度品を納入し信用と実績を重ねる。1983年西三河ニューテレビ放送(現ミクスネットワーク)、1988年オリバーファームニュージーランド、1994年オリバーアメリカを設立。1994年岡崎商工会議所会頭に就任し10年半務める。1990年社団法人日本オフィス家具協会理事、2004年社団法人日本経済団体連合会評議員就任。2005年には旭日中綬賞を受賞。

株式会社オリバーについて
■ 事業内容総合インテリア製造・販売
■ 設立年月1967年12月
■ 本社所在地愛知県岡崎市薮田1-1-12
■ 資本金63億6,249万円
■ 従業員数433名 (平成26年度 連結)
■ 業種製造・販売業
■ ホームページ

http://www.oliverinc.co.jp/index.html

このページの先頭へ
Bizコンパス公式Facebook Bizコンパス公式Twitter