2015.03.10 Tue

映像配信から3Dプリンターまで。DMMが目指すものとは

株式会社DMM.com 代表取締役社長 松栄 立也 氏

 会員数1,000万人を超える巨大コンテンツ配信サイト「DMM.com」を運営する株式会社DMM.com。オンラインゲーム事業、英会話事業、3Dプリント事業、ロボット事業と多角化を進める同社の代表取締役社長・松栄立也の原点に迫る。

 

映像配信に3Dプリントに「艦これ」、DMMを束ねる松栄社長の原点とは

 ビデオ・オン・デマンドやネット通販事業者として国内屈指の存在感を示し続けるDMM.com。近年では太陽光発電事業をはじめ、海外に拠点を置いてのオンライン英会話サービス、国内に専用プリンティングセンターを開設しての3Dプリントサービス、国内FX取引最大手の証券サービスなど、さまざまな分野に進出している。

 最近では、KADOKAWAとのコラボレーション事業として2013年4月にサービスを開始したブラウザゲーム「艦隊これくしょん」が一大旋風を呼び起こし、同ジャンルとしては異例のユーザー登録者数250万人を達成。多くの人々から「艦これ」の愛称で親しまれ、出版、グッズ販売、アニメ放映などメディアミックス展開も次々とヒットするなど、“オタクの世界”において社会現象とも呼ぶべき様相を呈している。

 そんなDMM.comを率いる社長の松栄自身もまたオタクだった。

 

コンテンツを押さえておけば、メディアが変わっても対応できる

 少年時代の松栄は、電子工作に熱中していた。中学生の頃には地元・石川県金沢市内のパーツショップをはしごして、真空管や抵抗器等の電子部品をかき集め、自作ラジオの製作をはじめとするハードウェアの工作に明け暮れた。やがてPC黎明期を迎えるとこれにも飛びつき、ゲームの「自作」と「プレイ」の双方へとのめり込んでいった。松栄の中でハードウェアとソフトウェアが融合していった時期だと言えるだろう。

「最初は宇宙戦艦ヤマトのゲームが作りたかったんです。PCを買ってこれでゲーム三昧だと喜んでいたら、友達が買ったファミコンの方が動きがいいのでちょっとがっかりもしましたが(笑)。でもそれ以来ずっとPCは好きですね」

 やがて東京の大学を卒業後に証券会社に就職。しばらくすると、今度はビジネスの世界でPC、そしてインターネット黎明期が訪れる。

「1990年代前半には会社でPCを使っていると『足で稼げ』とどやされていたのが、“インターネット元年”と呼ばれる95年を契機に、いつの間にか“先生”と呼ばれるようになりました(笑)」

 こうして現在とはまったく異なるジャンルで働いていた1998年、知り合いの税理士から「知り合いの成人向けビデオ会社の社長がインターネットに興味あるようなので、会って説明してくれないか」と話を持ちかけられる。… 続きを読む

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松栄 立也(マツエ タツヤ)
1964年、石川県生まれ。1989年明治大学商学部卒業後、株式会社今村証券に入社。その後株式会社プルデンシャル生命保険、株式会社創樹社を経て、1998年株式会社ケー・シー入社。DMM.comの前身となるインターネット配信サイトの立ち上げに携わる。2002年ケー・シーを退社し、株式会社デジタルメディアマート(現株式会社DMM.com)代表取締役に就任。

株式会社DMM.comについて
■ 事業内容無店舗型デジタルコンテンツ配信、DVD販売、DVDレンタルなど
■ 設立年月1999年11月17日
■ 本社所在地東京都渋谷区恵比寿4丁目20番3号 恵比寿ガーデンプレイスタワー14階
■ 資本金3,000万円
■ 従業員数84名(2013年6月末現在)
■ ホームページ

http://corp.dmm.com/
http://www.dmm.com/

 

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