2014.03.18 Tue

“人財”こそ会社の宝 「人を切る経営」に成功なし

株式会社日本レーザー 代表取締役社長 近藤 宣之 氏

株式会社日本レーザー,代表取締役社長,近藤 宣之

2度の企業再建経験を経て誓ったこと

 1968年に設立された、レーザー機器の専門商社・日本レーザー。ニッチな業界内で存在感を示していたが、バブル崩壊後に赤字が続くと債務超過に陥り、90年代前半には会社存続も危ぶまれる状況になっていた。

 当時、前職の日本電子米国法人で、取締役支配人として大規模なリストラに取り組んでいた近藤は、帰国から1年ののち、日本レーザーの再建役に指名される。そして親会社であった日本電子から1億円を借り、困難だと思われた再建をスタートさせた。このとき、過去に2度も企業再建を成功させた近藤の経験が活きた。

「経営危機が起きてしまうのは、日々刻々と移り変わる経営環境に対応できていないこと、利益率や受注率が減少しているのに社内に数字の共有がなされず、社員の危機感が薄いこと、外部環境を理由にして赤字を容認してしまうことなど、いくつもの理由が考えられます。負けに不思議なし、といえるでしょう」

株式会社日本レーザー,代表取締役社長,近藤 宣之 新卒で入社した日本電子では、28歳の若さで労働組合の委員長に選出されると、「自主再建」「世間並賃金」といったスローガンを掲げ、倒産を避けるために思いきった人員削減を行った。1年間で正社員の3分の1にもあたる、およそ1千人に希望退職してもらう代わりに、創業経営者たちに経営責任をとって退任させ、私財までも提供させたのだ。

 2度目の再建の舞台は米国だった。「ニュージャージー州の支社を閉鎖するにあたって、博士以外の全員を解雇し、自社で所有していた土地や建物もすべて売却しました。その後はボストン本社に移って、米国人社員の人員カットを行ったのです。当時冷戦崩壊で軍事予算が削減されたことが業績に影響し、コスト削減を徹底する必要がありました」

 幾度にもわたる厳しい企業再建を経験するなかで、近藤は「自分が経営者になるなら、社員の雇用は何としても守りたい」と心に誓った。

 

すでにある市場内で新たな挑戦をして成功

 近藤が日本レーザーの社長に就任したのは1994年のこと。それから2年で累積赤字を一掃すると、次の2年で不良資産を解消し、2003年度には史上最高益を出すことに成功。2013年度には20期連続の黒字を見事に達成した。

 わずか1年でも赤字にしてはならない――近藤は社員を不安にさせるような経営だけはするまいと決めている。そのために、経営者がやらなければならないことは3つあると語る。… 続きを読む

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近藤 宣之(コンドウ ノブユキ)
1944年東京都生まれ。慶應義塾大学工学部電気工学科を卒業後、日本電子株式会社に入社。日本電子労組執行委員長、米国法人総支配人などを経て、1994年5月、日本レーザーの代表取締役社長に就任、現在に至る。第1回「日本でいちばん大切にしたい会社」大賞、平成23年新宿区「優良企業表彰」大賞、第10回東京商工会議所「勇気ある経営」大賞他、数々の賞を受賞している。

株式会社日本レーザーについて
■ 事業内容レーザー機器輸入販売
■ 設立年月1968年4月
■ 本社所在地東京都新宿区西早稲田2-14-1
■ 資本金3,000万円
■ 従業員数51名
■ 業種商社
■ ホームページ

http://www.japanlaser.co.jp

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