2017.06.21 Wed

徹底した安全・効率が支える多種多様な香りづくり

フレーバー(高砂香料西日本工場株式会社 三原工場)

 私たちの生活に欠かせない役割を担っている“香り”。それを支える企業がある。1920(大正9)年に日本初の合成香料会社として創業した高砂香料工業株式会社である。同社は、創業以来変わらず「技術立脚」を経営理念に据えている。技術を大事にする姿勢は、1983年世界で初めて不斉合成法による「 l -メントール」の工業化に成功するという成果にも繋がっている。

 現在、世界第5位のマーケットシェアを占める高砂香料工業株式会社の三原工場は、2015(平成27)年に完成した。誕生の背景には、2013年4月同社平塚工場の火災により生産設備で焼失するという辛い経験があった。飲料や食品の風味を左右する多種多様なフレーバーを生み出す、ものづくりの現場にはどのような秘密があるのだろうか。そして、過去を教訓に生まれた安全対策とは。“香り”の最前線を訪ねた。

 

主力工場の火災を教訓に生まれた安全工場

 広島県南部にある三原市は、「浮城」の異名を持つ三原城の城下町を起源として誕生した街で、日本でも有数のタコの産地として知られている。そんな同市のJR三原駅から、車で30分ほどのところに、高砂香料工業の三原工場がある。

 三原工場は、敷地面積約5万2000平方mの敷地面積に11棟の建物があり、延べ床面積が2万平方m。高砂香料工業の子会社である高砂香料西日本工場株式会社によって運営されている。工場では約140名の従業員が働き、年間約3,500トンのフレーバーを生産している。ちなみに、フレーバーには液体や粉体など用途に応じた形態があり、同工場では主に液体の香料を製造している。

 また、様々な天然原料や合成原料が組み合わせることで顧客ニーズに応え、清涼飲料水、コーヒー、お茶、乳製品、お菓子、インスタント食品など幅広い食品に利用されている。高砂香料工業の名前は知らなくても、誰もが日々の生活の中で1日1度は同社の香りにふれているはずだ。

 高砂香料工業が三原工場の操業を開始したのは、2015(平成27)年11月のことだった。工場建設のきっかけは、2013(平成25)年に起きた平塚工場の火災だ。火災によって同工場のフレーバー設備を失い、高砂香料工業は大幅な減産を余儀なくされた。

これを教訓に生産の多極化を図るため、同社としては初となる西日本地域に工場を建設した。三原市を建設地に選んだ理由は、空港、駅、高速道路、港といった交通インフラが整備されているということに加え、台風や地震などの天災が少ない瀬戸内地方に位置するという点にある。

高砂香料工業株式会社

 高砂香料工業は、1920(大正9)年に日本初の合成香料会社として創業した。以後、食品向けのフレーバー、化粧品や生活用品などに使われるフレグランスといった香粧品香料も手がけるようになり、1980年代後半には合成香料で培った技術を活かしてファインケミカル事業へ参入。国内はもとより海外の製薬メーカー向けの医薬中間体ビジネスも推進している。現在、世界26の国・地域に生産・営業拠点を展開し、世界第5位のマーケットシェアを持つ。

 

 

徹底した「安全」と組織全体を考慮した「事業継続」

 三原工場では「安全」「事業継続」「効率」という3つのコンセプトを掲げている。

 とりわけ注力しているのが、火災予防をはじめとする「安全」対策だ。火災が発生する際には、“空気・酸素”“着火源”“可燃物”という3つの要素が必要となり、このうちの1つでも欠ければ火災は発生しない。ここに同工場は着目した。さすがに従業員が働いている環境の中で空気・酸素を完全に無くすことはできないが、残る着火源と可燃物の排除に徹底して取り組んでいる。

 着火源を除く対策としては、… 続きを読む

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高砂香料工業株式会社について
■ 事業内容フレーバー、フレグランス、アロマイングリディエンツ、ファインケミカルの製造・販売(輸出入を含む)
■ 設立年月1920(大正9)年2月9日
■ 本社所在地〒144-8721 東京都大田区蒲田5丁目37番1号ニッセイアロマスクエア17F
■ 従業員数3,339名
■ ホームページ

http://www.takasago.com

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